プロフィール 名前: 高見沢俊彦(高見沢俊彦) -シンガー/ソングライター、ギタリスト、プロデューサー、小説家

別名: Takamiy (タカミー)、王子、ポール・マッカーサー(THE ALFEEの別名義グループBE∀TBOYSでの名称)

生年月日: 1954年4月17日

出身地: 埼玉県蕨市

血液型: A型

身長:175cm

学歴: 明治学院高等学校(卒業)、明治学院大学英文学科(2014年名誉卒業)

楽器: ギター、ピアノ、マンドリン

興味: Apple社製品、バスケットボール、ウルトラマン、ゴジラ



お気に入り アーティスト: レッド・ツェッペリン

アルバム: ピンク・フロイド「原子心母」

本: 柴田翔「されどわれらが日々」

アニメ: 鉄腕アトム、銀河鉄道999、宇宙戦艦ヤマト

アイドル: 山口百恵

ディズニーランドのアトラクション: スペース・マウンテン

映画:ゴジラ、テッド

俳優: ジョニー・デップ

リラックスする場所: インターネットがつながる場所、自由にギターを演奏できる場所、ヨーロッパの街角

スイーツ: ロールケーキ、アイスクリーム

NBAプレーヤー: マイケル・ジョーダン


経歴 子供の頃は詩人になりたいと思っていたが、小学生のときに兄の影響でビートルズに憧れた。中学校ではバスケットボール部に所属し、キャプテンとして3年間活躍した。今でもバスケットボールが大好きで、「バスケットボールダイアリーズ:ハートビートダンク」というタイトルの本を書いている。(お気に入りの選手はマイケル・ジョーダン、お気に入りのバスケットボールチームはシカゴ・ブルズのようである(前述の本の表紙には自身所有のシカゴ・ブルズ・ギターの写真が使われている!)。高校時代はレッド・ツェッペリンとディープ・パープルの甲高いボーカル・スタイルに非常に感銘を受け、それらのアーティストの曲を演奏するカバーバンドを結成した。この学校で、高見沢は将来のTHE ALFEEのベーシストとなる、桜井賢と出会った。

1973年、桜井と、明治学院大学の学生であった坂崎幸之助に誘われ、高見沢はコンフィデンス(THE ALFEEの前身)に参加した。1974年、坂崎に率いられる形でコンフィデンスは名前をALFIEに変え、ビクター音楽産業とフォークバンドとして契約し、デビューした。2枚のシングルを発売したが全く売れず、その後4人目のメンバーであった三宅康夫がバンドを脱退した。残った3人のメンバーで活動を続け、1975年に新しいシングルをリリースする予定だったが、ビクターはそれを中止し、ALFIEとの契約を打ち切った。この頃、高見沢は大野真澄のもとで作曲と作詞を学んだ。キャニオンレコードと契約を結ぶまでの間、ALFIEはさまざまなミュージシャンのバックバンドとして活動を続けた。1979年にALFEEという名前で、シングル「ラブレター」で再デビューした。それ以降、高見沢がソングライティングのほとんどを担当するようになった。

高見沢はずっとエレキギターが好きだったので、ALFEEの音楽にもエレキギターの音を取り入れることが提案された。それ以降、ALFEEはよりロックスタイルに移行し、1982年に坂崎はリーダーの称号を高見沢に譲った。ALFEE初期の頃、高見沢は非常に内気で人を信用しておらず、自分の言葉が誤解されるのを恐れてインタビューで話すことはめったになかった。

1991年、THE ALFEEの半年間の活動休止中に、高見沢はロンドンで初のソロアルバムIsmをレコーディングし、その後ソロコンサートツアーを行った。

2004年、50歳の誕生日に、高見沢は埼玉スーパーアリーナのステージ上でALFEEの他のメンバーから「終身リーダー」の称号を授与された。

2005年、東京国立博物館と神戸市立博物館で開催された「ベルリンの至宝展-よみがえる美の聖域-」展(独日関係記念展)のオープニングのために、高見沢はテーマ曲「Berlin Calling」とサブテーマ曲「Berlin Rain」を含むアルバム「Berlin Calling」を編纂した。このアルバムにはTHE ALFEEのアルバムJourney(高見沢が全曲作詞作曲している)の中の曲「壁の向こうのFreedom」のセルフカバーも含まれていた。

2007年、高見沢はシングル「千年ロマンス」をリリースし、その直後に、16年ぶりのソロアルバム「Kaleidoscope」をリリースした。2008年、THE ALFEE恒例の夏の野外イベントが幕を下ろした後、彼はソロ活動を続け、よりメタルなサウンドを採用したシングル「月姫」をリリースした。メタルサウンドは現在に至るまで高見沢のソロ活動で続けられている。2009年、V-ROCKフェスティバルにゲストパフォーマーとして出演。2010年、高見沢はソロ活動の名義を本名から別名のTakamiyに変更した。

高見沢は1992年から髪を染めている。赤から茶色、また赤に戻り、そしてハニーブロンドになって、再び赤に戻った。年に一度10センチ髪を切る。高見沢が言うには、今でも彼の母親は髪を切ったかどうか聞くために電話してくるとのこと。「しゃべくり007」の出演時に、彼の母親は電話で「もしもし」と言う代わりに、「髪切った?」と尋ねると話した。ステージやCDジャケットなどではウィッグを着用している。高見沢は派手なステージ衣装とさらに面白いパンツスーツで知られている。2008年、「Prince Takamiy’s Dress Room」(☆)という衣装展が8月に一般公開された。2013年に開かれた衣装展は、ソロライブ「雷神 – Raizin-」と同時開催された。高見沢はしばしば爪を銀色または黒に塗っており、通常はサングラスをかけている(彼が言うには、ギターと同じ数のサングラスを持っているとのこと)。また、1983年からずっと、右手の小指に指輪をしている。私が個人的に調べたところ、右手小指のリングは、権力・権威、才能、自己アピール、不変の思考、またお守りとしての役割を意味する。その指輪について聞かれたとき、高見沢は「もう取れなくなってしまった」と答えている。

親しみを込めて、彼はしばしば「天然」「ドジ」と呼ばれる。過去40年間で何度もうっかりして怪我をしたり、ステージ上で転んだり、ステージから落ちたり、何ヶ所も骨を折ったり、大体非常に不器用であるためそういう目にあっている。

高見沢はまた、カスタムメイドのESPギターのコレクションで知られ、最も有名なのはエンジェルシリーズである。彼のギターは天使や色々なオブジェクト、漫画のキャラクター、剣、その他の宗教的な図像の形をしている。世界的に見ても、高見沢は一流の変形ギター愛好家である。2012年7月現在、彼は487本のギターを所有している。本サイトの「リンク集ページ」に「ESPアーティストギャラリー」へのリンクボタンを設定している。そこから彼のデザインを見ることができる。

高見沢は様々な本を書いてきたが、主人公として描かれてもいる。1989年に出版された山川健一の小説「蜂の王様」は、高見沢を主人公にしている。1983年1月に出版された渡辺芳子の「夢さがし」は、高見沢の幼少からTHE ALFEEの結成、そして本が発売された時期までを詳しく説明している。それには彼の両親、兄との絆、友人との絆が詳述されており、また桜井と坂崎の物語も含まれている。彼自身の本には、自分自身に関するもの「あきらめない夢は終わらない」と、心に強く訴える短編「ぼくの海へ-シロイルカのベルーガ」がある。(注記:この経歴は2016年当時のものである。小説家髙見澤俊彦とその作品に関してはまた別記する。)

2013年はTHE ALFEEの40周年だったため、高見沢はソロプロジェクトを中止し、バンドの活動に専念した。2015年にニューシングル「誘惑の太陽」でソロ活動を再開し、「EDM」または「エレクトロニック・ダンス・メタル」と呼ばれる、これまでとは違ったスタイルの音楽に挑戦した。

2014年3月18日、THE ALFEEのメンバーは、母校である明治学院大学を卒業した。メンバーはそれぞれ名誉学士号を授与され、高見沢は、今後、バンドの名前を「THE ALFEE(大卒)」としたいと述べた。この名前は2014年を通じて使用され、「Alfee Get Requests 2」の表紙にもそのように書かれた。

2014年4月24日、高見沢は、「ベルサイユのばら」の著者である池田理代子氏と共にフランスの観光親善大使に任命された。同日開催されたイベントでは、大物2人(高見沢と池田氏)がフランスでの自身の経験について話し、旅行の写真を見せた。翌年、高見沢は約4,000ドルの代金を支払ったファンとともにフランスへ旅行した。

2016年、すべてのメンバーが60歳を超えたことを記念して、THE ALFEEは、BEAT BOYSに似た新しいユニット、The KanLeKeeZを結成した。このグループ名は60歳を意味する日本語の「還暦」の言葉遊びである。グループサウンズの伝統に従い、KanLeKeeZの音楽スタイルは少し古く、メンバーはユニフォームを着ている。 (2016年某日 R.S.記)